私の読書遍歴4~サロメの誘惑・モチーフへの執着~
さて、私の読書の趣味嗜好へ影響を与えた本達や漫画作品、そこから派生する音楽やらファッションやら・・・。
大分忙しい連載記事になってきた。
だって、読書が好きならその内容が嗜好へ影響を及ぼすのは仕方が無い。
そりゃあ、音楽や絵画やファッションへ影響が派生しても無理からぬ話なのではないのだろうか。
それに、本には「挿絵」がつきもの。
私は
少女漫画
→漫画偉人伝
→ライトノベルミステリ小説
→児童向け推理小説
→萌え系漫画・大人女性向け漫画
→歴史小説
→心理学
→本格推理小説
→純文学
→日本の歴史・哲学書・宗教・兵書・古典・詩集
→リピートetc・・・
という読書遍歴を持つ。出世魚風に図解すると上記のまとめとなる。
前半は年代的な通過儀礼、後半へ行くと趣味嗜好を含めその時の流行も、みたいな感じですね。
挿絵はライトノベル小説や児童向け小説にはついていたが、大人になると一旦姿を消す。
偶に近代の小説なんかや、ほんの稀に純文学で出会うこともあるが、ほぼ無くなる。
その中で、挿絵というか、何度も出会って毎度惹かれるモチーフがある。
そう、タイトルの「サロメ」というモチーフである。
オスカー・ワイルド作
アルフレッド・ダグラス卿翻訳(ワイルドはフランス語で執筆、自分で訳せばいいものをわざわざダグラス卿に仕事を振った。)
オーブリー・ビアズリー挿絵
である。
裏表紙も素敵なので載せます。
翻訳のダグラス卿はどうでもいいし、英語版の評価はそれはひどかったらしい。
(ワイルドの恋人というだけで翻訳の仕事を得た説。それで仕事で評判を残せば評価は上がったかも知れないが、不評と言うことはそういう仕事をしたから、それだけだと思う。)
ワイルドの芸術的評価にそれが影響を及ぼしたかは分からないが、作品には悪影響はさほどなかったのでは無いだろうか。
同性愛に対する風当たりが厳しい時代&カトリックの倫理観が強い19世紀末イギリス。
ワイルドは作品のせいではなく彼自身の所業で身を滅ぼしているので、後に逮捕されたのは自由に生きた代償と思えるし、ダグラス卿は文学的才能がないのに出しゃばって、ワイルドの名声にたかって自己顕示欲を満たそうと放蕩したので、父に勘当されたのは自業自得でもある。
芸術家は破天荒を地でいったワイルドは所業もワイルド。
(ワイルドというより退廃的なのだけれど。
同性愛で逮捕されるってワイルドだろお~。
これが言いたかっただけかも。)
上記を踏まえて、悪評が逆に付加価値をあげたところもあるんじゃないかと、邪推しちゃう。
だって、好きでしょ、奇行癖や才能がある変態とかって。
(そんなことない?端から見てる分には、皆好きじゃあない?
自分が巻き込まれない範囲外でなら私は大歓迎です。
奇人な天才が身近にいて、距離が取れないのは正直しんどいと思うが。)
戯曲「サロメ」の挿絵を観ると、ビアズリーの勝利。といった感じ。
サロメ=ワイルドの戯曲
というより、
と紹介したくなる。
「サロメ」はビアズリーの成功の為準備された最高の装置だったのかも知れない。
絵に話が行きそうなので、「サロメ」の内容に話を戻すと。
私が1番最初に「サロメ」と言うモチーフにであったのは、島田荘司の「アトポス」だったかも知れない。
島田荘司の作品にであったのはミステリ小説好きの読書家の友人からすすめられた「占星術殺人事件」が最初。
設定が正統派・本格ミステリーですぐ夢中になった。
前述2作とも代表作・御手洗探偵シリーズである。
(御手洗の本業は探偵ではなく、学者・医者ですが処女作では質素に暮らしてはいるが生活に困ってないインテリ無職で趣味で探偵をしているのかな?という描写です。
つまり、自分の興味をそそらない未解決事件しか解決に乗り出さないという安楽椅子探偵。犯人を断罪する気はさらさら無い。
お金を得る仕事だと選り好み出来ませんものね。
ね、私の好きな傾向分かって頂けましたか?)
島田荘司は経歴も長いし実績もあるし彼の話を始めてしまうと収集が着かないので、推理小説の繁栄のために尽力されている方で、執筆以外の活動も多岐にわたるようなのでとだけ言っておこう。興味がある方は詳しく調べてみてね。
「サロメ」のモチーフが出てくる話「アトポス」に戻ろう。
死海の側でハリウッド映画「サロメ」を撮影中に、猟奇的な殺人事件が連続で起こる、容疑にかけられた主演女優には益々怪しくなるような事実しか発覚しない・・・果たして彼女が犯人なのか?
一言で言うと、このような内容。
「アトポス」(島田 荘司):講談社文庫↓
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000197447
「アトポス」に限らず、「サロメ」をモチーフにした作品には枚挙に暇が無い。
戯曲では無く、原作ともいえる聖書の話としての「サロメ」を説明すると、
元々新約聖書に出てくる領主ヘロデとその配偶者・へロディアの連れ子・サロメ
(へロディアはヘロデの実兄の未亡人で、サロメからみて叔父が継父になったということになる。)
と預言者ヨハネの話なので、ワイルドの戯曲の他にも、宗教画でも沢山描かれるモチーフとして物語の内容が自然と各方面から入ってくる。
簡単に言うと預言者ヨハネはキリストを救世主と見抜いてヨルダン川の水で洗礼した重要人物。
市民の人気が高く発言力がある預言者ヨハネは兄嫁と結婚した領主ヘロデと死んだ良人の弟と再婚したヘロディアスに批判的なため、もちろん領主夫妻は面白くない。
特にヘロディアスはヨハネが目障りで失脚を狙っているが、市民の人気が高いため、
妻から「あいつをどうにかして」と催促されるもヘロデは中々罰する理由を見つけられずにやきもきしている。
私は中野京子さんの「怖い絵シリーズ」という著書が大好き。
「名画の謎~旧約・新約聖書篇~」の「洗礼と生首」という章を参考にさせて頂いてます。
この章ではグスタフ・クリムトの「ユーディトⅡ/サロメ」という絵画が紹介されてます。
クリムトの作品は「接吻」位しか知らなかったけど、戯曲のニンフ的イメージのサロメではなく、成熟した女性の「耽美」さを堪能できる作品ですね。
レプリカを更に写真に撮ったものなので質感がアレですが、載せます。
肝心のオチですが、ここは読んで衝撃を受けて頂きたいので、説明ではなく原文で。
ヘロデが上手く踊れた褒美に、なんでも欲しいものを言え、と言った所、サロメはこう言います。
SALOME
〔Kneering〕I would that they presently bring me in a silver charger・・・
〔Rising〕The head of Iokanaan.
島田荘司の「アトポス」ではThe head of Johnと確か表現していました。
日本版なら善仁(よしひと)とかつけるかな、私だったら。
(どうでもいいか)
ビアズリーの挿絵の表紙を観ても、クリムトの絵画を観ても、この辺はご想像通りという所でしょうか。
前述の「洗礼と生首」という章のタイトルでも推して知るべし、といったところ。
「サロメ」はそらもう、繰り返し繰り返し違う作家や画家がモチーフにして出してくる出してくる。
そんなわけでワイルド版戯曲サロメはストーリーを知っているから原作を読むまでもないと長年放置していた。
3年ほど前。長年の友人が部屋をリフォームして、飾る絵が欲しいと色んなものを物色していた。
私はその友人の為、掘り出し物の部屋に飾れそうなモチーフを一緒に探していた。
そんなことをしている時に、近所の怪しいリサイクルショップで惹かれる本を見つけた。
それがオスカー・ワイルド作の英語の古本、「サロメ」であった。
私はその時ピンと来て、「これにしたら?」と軽い気持ちで勧めた。
友人はうーん、と積極的に飛びつきはしなかったが、購入していた。
気に入らない物は持ちたがらない人間だから、なんだかんだで気に入ったのだろう。
その時に私は
ビアズリーの名前を知った。
なんとなく、定番で読んでいる漫画家の昔の絵の線に似ている。
というより逆で、漫画家さんの方がビアズリーに似てるのだろう。
今思えば、ビアズリーは日本の絵を描く人間にも人気が高いようなので、時代的にビアズリーが流行った時に影響を受けたのでは無いかと見受けられる。
彼女が影響を受けたかは分からないけど、ビアズリーのああいったさっぱりした線の絵を好ましく思ったのはこの漫画の影響も大きい。
ビアズリーのことを調べていたら、丁度その頃タイムリーに原田マハさん著の「サロメ」という小説と出会って即購入。
うちで購入してる地方紙でも連載が載っていたこともあって、名前だけは知っていた小説家である。
本って、やっぱりタイミングがあるんだ。
本屋で呼ばれるのはこういうことが背景にあってだ。
それまでどんなに本屋に通っても並んでいても私が手に取ることは無い。
出会うべくして出会った小説だ。
しかも後書きが私の大好きな「怖い絵シリーズ」の中野京子さん。
私の記事、中野京子さん出過ぎ。
しつこくてすみません。好きなもので。
原田マハさんは、大学卒業後商社勤務などを経て独立、フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍。
最近だと「キネマの神様」という作品が映画化されている。
そういえば、新聞に連載されていたのも美術を題材にしたものだったような。
美術に造詣の深い方なのね。
もしや、「マハ」という名前はゴヤからとったのかな?と思ったらやはりそうだった。
そしてなんと作家の原田宗典さんが兄らしい。
原田宗典さんのエッセイ大好きで中高生時代読んでいたな!
あのトホホな話が大好きであった。私のアイロニーをユーモアに代える技は、原田宗典さんから学んだと言ってもいい。
あと、「赤毛のアン」ね。これは逆境をユーモアで乗り切る力を、教えてくれた作品である。
今回とは関係ないが、原田宗典さんのエッセイと「赤毛のアン」シリーズはオススメです。
私もマシューの様な保護者から溺愛されたい。←
原田マハ氏著の「サロメ」は、駆け出しの画家ビアズリーが病身でありながら才能を発揮し、ついにワイルドと出会う。
その背景ではビアズリーの姉で女優のメイベルが弟の看病を献身的にし、才能を売り出そうと奔走しつつ、裏では自分も女優として大成するため画策する。
本物の天才を身近にして野心と愛憎が渦巻く・・・。
みたいなお話です。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163905891
こちらは文芸書ですね。私が持っているのは文庫版。表紙が違って文芸書版もいいなあ。
退廃に彩られた19世紀末のロンドン、繁栄を極めたヴィクトリア朝の終わりで行き詰まりを感じる閉塞感。きっと切り裂きジャックなんかもこういった不穏な社会が生んだ時代の産物に違いない。
この時代のロンドンの、霧深き描写というか、闇の様なものが舞台としては映えること映えること。
時代背景を鑑みるのに、参考にした記事↓
19世紀イギリスの自由主義改革と政治運動、社会運動
https://mirai.kinokuniya.co.jp/2020/08/15571/
ともかく、原田マハ氏の「サロメ」を読んだからには、オスカー・ワイルドの「サロメ」を読むしかない。
取りあえず、古本でワイルド版「サロメ」を購入した友人から借りてみた。
だが、残念ながら前情報(主に原田マハ氏のサロメで)で「英語訳はクソ」ということを知ってしまっていて、読む意欲は限りなく低い。
そして、高卒で中高時代レベルでは英語が得意だった私ではあるが、英検準2級の試験に落ちてから前進してない英語力の私からすると無謀である。
取りあえず最初の方だけ頑張って読む。
我が友であり
私の戯曲の翻訳者
アルフレッド・ブルース・ダグラス卿へ
直訳するとこんな感じ?
こういうのって、お世話になった後援者とかパトロンに捧ぐんじゃなかろうか?
我が友(とっても仲良ぴ・今風に言うと好きぴ)に捧ぐって、惚気かよ。しらけるーーー(←良い人がいない人間の僻み)
それと、私は戯曲を読むのが苦手である。シェークスピアの題材が気に入って、何度も試みてはいる。しかし、あの台詞の羅列と演出の記述のようなもの、が苦手なんだ。
舞台装置の説明とか、役者への身振りの指示だのを読んでるうちに気が散って物語の内容が入ってこない。
困ったものだ。取りあえず、ペラペラペラーとめくって、英語の羅列を眺めて、絵を堪能している。
ごめんなさい。取りあえず起承転結は知ってるから。すまんが友人よ。しばらく貸しておいておくれ。
ビアズリーの絵の、両性具有のヒロイックな人物、蠱惑的な魅力、淫靡さ。
モノクロのペン先で描かれたエロティックな世界観の絵。
これだけで、読んだことになりますよね。ワイルドのサロメという作品を。
後はぬるーく、読めそうな箇所だけ英語の勉強兼ねて読んでみましょうかね。
↑やる気はないですが。
おしまい。